弥富相生山線 本会議質問で再度の説明会開催と市長出席を求める
私は3月5日の名古屋市議会本会議で、弥富相生山線の工事再開について質問しました。来年度の市予算案には、「折衷案の実現」と称した弥富相生山線の調査・設計費が計上されています。私は、広沢市長に「市長は市長選挙のマニフェストで、『河村たかしの政策を丸ごと継承』と公約された。そうであれば、相生山の道路事業廃止の方針も継承すべきではないか」と質問しました。しかし、市長は、「河村前市長も折衷案が必要と判断して進めてきたものであり、私も折衷案が必要と判断している」と答弁するにとどまり、道路廃止方針の存廃について言及を避けました。
河村前市長は、私も2024年9月議会の本会議質問で問いましたが、退任するまで道路廃止の方針には変更がない考えを示していました。広沢市長は、折衷案などといってごまかして、道路廃止の方針をなし崩し的に転換したのです。
私は、折衷案なるものの内容について市緑政土木局長に質問しました。折衷案は、当初の計画と同様の「片側1車線、片側歩道」。同局長が「当初計画と概ね同程度の幅員になる」と答弁したので、おそらく幅員12mの道路でつなぎ、一般車両を通すというものです。自然環境に配慮した対応も、夜間の通行「制限」を「今後検討する」というだけで、自然環境を保全する保障はありません。
同局長は、「(未着手区間の)すべてを橋りょう形式でつなぐことが可能」と答弁しました。3月1日に天白区役所で開かれた折衷案に関する説明会で当局は、橋りょう形式の道づくりとして、国営越後丘陵公園の事例を紹介していましたが、説明会に参加した市民が、同公園に問い合わせたところ、「園内には一般車両は入れません」とのことだったそうです。越後丘陵公園の事例は園路であって、一般車両を通す弥富相生山線と比べることはできません。広沢市長は「折衷案は最善の策」と答弁しましたが、当初の計画の焼き直しであり、折衷案などと言えるものではないことがはっきりしました。
3月1日に開かれた折衷案の説明会は、市民団体と地元4学区住民などとに対象を2つに分けて、どちらも会場一杯の市民が詰めかけました。しかし、その会場には広沢市長の姿はありませんでした。会場からは「なぜ市長が来ないのか」「市長は判断を変えた理由を市民に説明すべきだ」「再度説明会を開催してほしい」という声が噴出していました。
広沢市長は、住民の意向を直接聞く場を設けないで工事再開に舵を切るという重大な判断を下し、下した後も自らの言葉でその理由を市民に説明することをしませんでした。私は、「再度説明会を開いて、こんどは市長も出席して、説明すべきではないか」と求めましたが、市長は「説明会では市からしっかりと説明することができた。再度開催する予定はない」と拒否しました。私は、「地元4学区住民などを対象とした説明会でも、発言者の6割が、道路を通すことに否定的な意見だった。折衷案にたいして市民の理解は得られていない」と指摘。工事再開に向けた予算はいったん取り下げて、市長自らが住民の意見を直接聞く場を設けることを求めました。






