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2022年11月21日 (月)

藤前干潟を守ったのは市民の力――ラムサール条約登録20周年

 名古屋市港区にある藤前干潟が、水鳥の生息に重要な湿地としてラムサール条約に登録されて20周年を迎えました。11月19日、稲永ビジターセンターで20周年記念式典が開かれ、私も市議会総務環境委員会の副委員長として出席しました。式典では、大村知事と河村市長があいさつの中で、藤前干潟の保全に至った政治的な裏話を披露しました。それを聞いていて、当時の大闘争を思い起こしました。

 私が補欠選挙で初当選した当時、藤前干潟をごみの埋め立て処分場にする計画が、市政の大争点になっていました。日本共産党市議団は、ごみ減量で埋め立て処分場の延命を図り、藤前干潟を保全する政策を立案し、私が本会議質問で提案しました。しかし、1998年9月議会で、埋め立てに同意する議案が共産党以外の賛成で議決されてしまいました。

 藤前干潟の保全を求める市民運動は、「藤前干潟を守る会」などによって続けられていました。それが、埋め立て議決を機に大きく広がり、1998年11月から12月にかけて「埋め立ての是非を問う住民投票条例の制定を求める直接請求署名」運動がとりくまれ、1か月間で10万人を超える署名が集まりました。市民の世論と運動が盛り上がるなか、環境庁長官や運輸大臣が埋め立てに異義を唱えるようになり、1999年1月、ついに松原市長は「埋め立て断念」を表明しました。

 ごみの埋め立てから藤前干潟を守ったのは、市民の大きな運動です。当時、議員になりたての私は、市民と力を合わせれば、市政を動かすことができることを実感しました。そして、その後、名古屋のごみは、市民の力によって大きく減量することができました。

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