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2017年9月14日 (木)

名古屋市内の戦争遺跡 市教委は103件把握

 Photo市議会本会議では藤井博樹議員が、戦争遺跡の継承について質問しました。右の写真は、名古屋市役所本庁舎の時計塔の外壁。黒ずんでいる部分は、太平洋戦争中、空襲から逃れるために塗られたコールタールの跡です。その下の写真(名古屋市提供)は、1949年に撮影された迷彩が施されたままの市庁舎です。カムフラージュのための迷彩が施された市庁舎の外壁は、1952年に洗い落とされたそうですが、戦後72年経った今なお、その痕跡が残されています。

 

 下の左の写真は、東区にある円明寺の「石の鐘」。太平洋戦争中の金属回収令によって円明寺の銅製の鐘は1942年に供出され、代わりに石の鐘を吊り下げたそうです。戦後、銅の鐘の再建を望む声がありましたが、戦争の記憶を後世に残すため、平和を見守り続けるため、現在も吊るし続けているといいます。全国でも珍しい鐘です。Photo_3

 

 藤井議員はこうした戦争遺跡を紹介して質問。市教育委員会は昨年3月、ガイドブック「学芸員と歩く 愛知・名古屋の戦争遺跡」を発行しています。杉崎教育長は「このガイドブックの作成にあたっては、文献調査とともに、実際に現地におもむき戦争遺跡を把握した。比較的容易に見学できる103件を掲載している」と答弁しました。

 

 この103件の中に、「相生山緑地の爆弾穴」も含まれています。私がこの爆弾穴の存在を知ったのは6年ほど前です。当時は、案内看板などありませんでしたが、その後、相生山緑地で森づくりなどのボランティア活動に取り組んでいる「相生山緑地オアシスの森くらぶ」が、爆弾穴の一つについて案内看板を設置(下の右の写真)。周辺の枯木や灌木を整理するなど見学しやすいように整備しています。

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