「年取り」
山一つ越えると飛騨になる私の故郷では、大みそかに「年取り」といって、ごちそうを味わいながら、1年の労をねぎらう風習がある。子どものころは、箱膳に並んだその年一番のごちそうが食べられる「年取り」を楽しみにしていたものだ。
小学校に入学する前までは、父母、祖父母、曽祖父母に妹と、家族も大勢いた。その実家も、いまは父ひとり。ひとりで「年取り」を祝うのは寂しいだろうと、10数年ぶりに妻といっしょに大みそかに帰省した。「ブリを買ってきてくれ」と頼まれた。飛騨地方の「年取り」では出世魚の塩ブリが欠かせない。その他に、「年一番」のごちそうも携えて。
元旦の朝は薄らと雪化粧。妹たちの家族も帰省し、久しぶりに実家もにぎやかになった。父も喜んでくれたと思う。
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私も岐阜県の白川町生まれで現在79歳ですが、文芸誌に投稿する随筆で飛騨地方の「年取り」の話を書いていますが、ちょっとわからないことがあったので、ネットを見ていたら田口かずと様のブログが出てきて懐かしいふるさとの思い出が、脳裏に浮かんできました。
ど田舎で僻地で不便で困るけど、96歳の兄が健在で景色も良いし私にとっては宝物です。
正月になると、よその家に雑煮を御馳走になる風習もありそのことも面白可笑しくパソコンで今書いております。入選発表は来年の1月末ですがもし入選したらお知らせします。
知らない方ですが議員をされていらっしゃるとのことで、ましてやふるさとが一緒とゆうことで失礼ながら
コメントしてしまいました。現在甥の子供が加茂高校に通っています。 失礼しました
投稿: 旧姓 田口 美人 | 2022年5月 6日 (金) 15時18分